99年夏の気まぐれ旅日記 2日目
五所川原の立佞武多(たちねぶた)と五能線を楽しむ

1999年8月8日(日) 昨日に引き続き一日中晴れ。暑い。


旅日記

今回の旅の目的は、東北3大祭りを見ることだが、きれいな海の景色を見ることも目標にしている。
今夜は、3大祭りの残りの一つ「ねぶた」を、五所川原市で見物する。また、五所川原駅までは五能線というローカル線に乗り、海の景色を楽しみたいと思っている。

リゾートしらかみ号。列車の両端の展望席は眺めがいい。日本海を楽しめる特等席だ。
1999.8.8--JR五能線あきた白神駅
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秋田駅から、リゾートしらかみ号というリゾートトレインに乗る。列車は4両編成の改造車で、両端には展望席が設けられている。そこには7,8人が座れる椅子と、運転手の真後ろから前方の景色を眺められる席がある。海の景色を楽しむにはもってこいの列車だと思う。
五能線の八森駅を過ぎる頃から、やっと日本海が見えるようになってきた。透き通るように晴れた空の下、海の青が濃い。

しらかみ号には途中下車して楽しむ観光メニューがいくつか設けられている。あきた白神駅で降りて温泉などを楽しむコース、十二湖駅から湖の散策かサンタランドに行くコース、そして深浦町内を探索するコースだ。十二湖の駅までは、一旦深浦駅まで行ったしらかみ号が出迎えのために戻ってきてくれる(あきた白神駅の場合、1つとなりの岩館駅までしらかみ号が迎えに来てくれる。岩館駅までは温泉の車で送ってもらえる)。
八森いさりび温泉の露天風呂。日本海を見ながら入浴を楽しむことができる。
1999.8.8--八森町ハタハタ館
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私は久しぶりに温泉に入りたいと思い、あきた白神駅で降りて駅のそばにある八森町ハタハタ館へ。
施設も浴槽もきれいだった。泡風呂、全身シャワー、露天風呂などもそろっていて、普段の仕事の疲れも気持ち良く洗い流せたような気がした。

岩館駅から再びしらかみ号に乗車。指定された自分の席には行かず、先頭車の展望席でずっと海の景色を眺めることにした。時折左手に見える海の水はとても澄んでいる。そんな海を見ていると、心の中まで透明になっていくような気がする。
列車は千畳敷駅で10分の停車。停車時間の間に、駅のすぐそばの海岸に降りることができる。水深3,4mまで楽に見通すことができるぐらい、水は透き通っていた。

リゾートしらかみ号の車窓から望む日本海。海から離れていても、水のきれいさがよく分かる。
1999.8.8
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鯵ヶ沢駅から五所川原駅までの間、地元の三味線演奏家が乗り込み、展望席で三味線コンサートが行なわれた。間近で見る津軽三味線は迫力満点だった。
1999.8.8--リゾートしらかみ車内
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五所川原駅には15:18に到着。立佞武多が巡行する夜まではまだ時間があるので、ローカル鉄道の津軽鉄道に乗ってみることにした。
列車は広大な津軽の水田の中をのんびりと走る。列車の心地よい振動に身体を任せているうちに、いつしか私は居眠りを始めてしまったらしい。終点で他のお客さんに起こしてもらう始末だった。でも、気持ちのいい昼寝だった。
津軽鉄道の気動車。きれいで快適な車両だ。
1999.8.8--津軽鉄道の終点津軽中里駅にて
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この列車は風鈴列車だった。列車が揺れるたび、風鈴が澄んだ音色を車内に響かせる。
1999.8.8--津軽鉄道車内
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津軽鉄道の終点津軽中里駅から五所川原駅に戻り、まずは駅の隣にある立佞武多の倉庫へ。
7.
高さ22mという巨大な立佞武多(たちねぶた)。下から見上げている見学者の大きさと比べてみて欲しい。
1999.8.8--五所川原駅横のねぶたの倉庫にて。

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立佞武多はとにかくでかい。高さ22mと言えば、7階建てのビルぐらいだ。ありきたりの表現だが、見上げていると首が痛くなるぐらいだ。

明治中期から大正初めまで、五所川原には高さ約18mのねぶたがあったという。青森・弘前両市と違って道が狭かったため、五所川原のねぶたは横に広がるのではなく、どんどん背を伸ばしていったのだそうだ。だが、電線の普及により、ねぶたの背は5m程度に抑えられてしまった。

1993年になって、昔のねぶたの飾り台の設計図が発見された。それを元に、1996年から地元の有志の手によって巨大ねぶたが復元され、立佞武多と名づけられた。市内を運行するようになったのは昨98年からだという。
電力会社とNTTの協力で、立佞武多の巡行区間の電線はすべて取り払われたのだそうだ。大正時代には電線が背の高いねぶたを滅亡に追いやったが、平成の立佞武多は逆に邪魔物の電線を絶滅させたのだ。
今年は更に1台が復元され、立佞武多は計2台となった。
この立佞武多、東京ドームで行なわれたある行事に参加したことがあり、その時は分解されて、なんとトラック十数台で運ばれたという。ねぶたの巨大さをトラックの台数が証明している。
使われている電球の数も半端ではなく、今年作られた鬼のねぶたには、電球588個、蛍光燈42本が埋め込まれている。
私はどうしてもメカのほうに興味がいってしまうのだが、この巨大なねぶたがどうやって動いたり狭い道を曲がるのかを知りたくなった。近くにいた地元のおじさんに聞いてみたところ、ねぶたには動力はなく、人が引いて動かすのだそうだ。また、前と後ろに運転席があって、自動車のようなハンドルで前輪・後輪それぞれを左右に曲げるという。前後の車輪は機械的には連動しておらず、運転手同士が連携しながらハンドルを操作する。運転席には、緊急用のブレーキも付いている。

駅近くの食堂で早めの夕食をとった後、いよいよねぶたの撮影を始める。
さっき見た時は通りには人がいなくてがらんとしていたのに、立佞武多の巡行の時刻が近付くと歩道いっぱいに人があふれていた。まだ夕陽が沈みきっておらず、周囲が明るいので立佞武多に点された明かりはまだ目立たない。ねぶたはゆっくりと倉庫から引き出された。ハンドルを操作する運転手たちは、見事な連携で左右から迫ってくる電柱を避ける。ねぶたは駅前通りにスタンバイし、巡行の開始を待つ。西に沈みかけた夕陽が最後の光をねぶたに投げかける。
市内を巡行する2台の立佞武多。
1999.8.8--五所川原市内
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19時、立佞武多の前にいる背の低いねぶたが巡行を始める。15分ほど経った頃、やっと立佞武多が動く番になった。辺りはすでに暗くなり始め、ねぶたの明かりが浮き立っている。女性たちの華やかな踊りが立佞武多を先導する。どの踊り手も汗びっしょりだ。私はねぶたの前を歩きながら、時々振り返ってはカメラのシャッターを押す。
身長22mのねぶたは、歩道の上の雪囲いの屋根や、電柱から張り出しているトランスなどをうまくよけながら、狭い道路を器用に進んでいく。

街の中心部にある交差点には仮設の観覧席がある。その周辺の人出が一番多いらしい。背中の大きな荷物が邪魔になって私はとうとう前に進めなくなってしまった。仕方がないのでねぶたの順路である大通りをあきらめ、脇道を通って先回りする。

中心部の交差点を離れると、人出はいくぶん少なくなり、写真も撮りやすくなった。フィルムの消費量も増える。1時間半ほど写真を撮りつづけ、そろそろ最終列車の時刻が気になり出した頃、駅に向かおうとする私に地元のおばさんが「交差点のところで立佞武多が対面するから、見ておいたほうがいいよ」と声をかけてくれた。それは見逃せない。もう一度、見物客でいっぱいの交差点に戻る。
先行する立佞武多が方向転換し、後から来る立佞武多と向かい合う形になった。周囲から大きな拍手が湧き上がる。高さ20m以上の像が対面すると、さすがに迫力満点である。
この光景も、やはり観客席から見るのが一番いいらしい。私も観客席の後ろによじ登ってみたり、電話ボックスの土台(雪が積もっても出入りできるよう、電話ボックスの土台が6,70cm程かさ上げされている)の部分に上ってみたりしたが、前の人の頭が邪魔になったりして、結局いいアングルには恵まれなかった。

21時ちょうどに、2体の立佞武多は駅の隣の倉庫に戻った。私はそれを見届けてから、21:06発の最終列車になんとかすべり込んだ。

五能線から見た海の景色も、迫力満点の立佞武多もすばらしかった。温泉も良かった。じょっぱ汁もうまかった。
旅の醍醐味ここに極まれり、といった感じの1日だった。

使用したフィルム・デジタルカメラ:
ポジフィルムFUJICHROME PROVIA400、
ネガフィルムFUJICOLOR ACE400、
デジタルカメラFUJI Finepix800


今朝までの睡眠時間:7時間。自分にとってはちょっと短め。

今日の食事


今日の冷やし物:(冷やし物:沖縄方言で、冷たい飲み物やアイスクリームのことを指す)


今日の昼寝:津軽鉄道車内で20分。気持ちいい昼寝だった。

今日の乗車距離:251.6Km

今日の宿:弘前国際ホテル。本当はユースホステルに泊まりたかったが、夜遅くに到着し、明日は早朝に出なくてはならないので、高いのを我慢してホテルにした。


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